7月12日 カラスビシャクと半夏生

ぼくは日本の伝統的な暦と季節感が大好き。旧暦では月の満ち欠けによって一か月を定めるため、月の形や見える時間、見える方向などがいつも頭の中に入っている。また、太陽の一年を24等分する「二十四節季」と、各節季をさらに三つに分けた「七十二候」の暦も、季節の移り変わりを感じ取る目安としてはとても便利。たとえば、7月の頭の候を「半夏生」(はんげしょう)というが、これは身近な野花の開花を知らせている。

半夏生の季節は天文学的に夏至から数えて11日目からスタートする。この時期には、田んぼの稲が根をしっかりと下ろし、たくましく成長している。また、小麦の収穫が終わっており、農家にとっては一年の中でも重要な時期である。七十二候の「半夏生」は、半夏(はんげ)というサトイモ科の野草が咲き始めることを意味する。

正式和名カラスビシャク(Pinellia ternate)の半夏は高さ10~20㎝程度しかなく、色も地味な緑色ため決して目立つ花ではない。しかし、草地を好む強い雑草で、田の畔から道端まで至る所に群生する。花序の形はウラシマソウやマムシグサの仲間と似ており、数多くの小さな雌花と雄花が付属体」(ふぞくたい)という棒状の器官にびっしりと付いている。ただし、この花は「仏炎苞」(ぶつえんほう)という鞘状のものに包まれており、外からは見えない。仏炎苞を開いて中を覗くと、白い雄花序と緑色の雌花序が見えてくる。

カラスビシャクは日本全国で見られ、朝鮮半島や中国本土でも普通に生える。昔から貴重な薬草とされ、地中に発生する根茎(こんけい)を乾燥させた生薬は「半夏」と呼ばれ、嘔吐、すわり、食欲不全など、胃のトラブルによく効くと言われている。かつては農家の若い嫁がこの根茎を集めて業者に売り、へそくりを稼いだという話も耳にするが、この野草は現在ではどちらかというと、邪魔な雑草として嫌われる存在になってしまった

葉は根元から直接に出る「根生葉」(こんせいよう)で、三つの小葉からなる。むかごで増えることもある。和名のカラスビシャクはミニ柄杓のような姿の仏炎苞に因んでいる。別名ハンゲは、半夏生の時期から目立つことを意味する。植物学の専門用語は難しいが、マイペースで少しずつ学んでいけば野花の観察がさらに面白くなる。ここで覚えておきたいのは、花が付く棒状の「付属体」(ふぞくたい)とそれをバスローブのように包む「仏炎苞」(ぶつえんほう)。付属対と仏炎苞の組み合わせは、サトイモ科特有の構造で、同じ科のメンバーであるミズバショウの美しい白い仏炎苞を思い出すと覚えやすいだろう。カラスビシャクは付属体は、先端が仏炎苞から長く突き出ている。

ちょっと混乱を招くのは、同じ時期に咲いているハンゲショウという植物。これは分類上ではドクダミ科の仲間に属し、サトイモ科のカラスビシャクとは無関係。  ハンゲショウは草地ではなく水辺の環境を好み、特に池の浅瀬によく群生する。数多くの小さな白い花は長い花穂に付き、花が開くと茎の上部の葉白くなる(茎の下部の葉は白くならない)。個体によって白くなる程度が異なるが、ある程度の緑色も必ず残る。白い葉は花粉を媒介する昆虫を呼び寄す役割を果たすと考えられている。

池の浅瀬に群生する半夏生。和名の由来について、花が暦の半夏生の時期に咲く意味と、葉の面積の半分程度(先端近くまで白くなる葉も見られる)だけが白くなる「半化粧」の意味、という二つの説がある。無数の小さな花が長い花穂に着く。英名のlizards tail(トカゲの尻尾)はこの花穂の様子に由来する。花は花穂の下部から順に開く。綺麗な野花は散歩中にすぐ目に入るが、地味なカラスビシャクは目を足元にやらないと絶対出会えない。そして、カラスビシャクを探している間に、身近な自然に注目する習性がいつの間にか身に付いてくる。七十二侯は、ウメ、モモ、サクラ。ヨシ、ウツボグサ、ハス、ツバキ、スイセンなど、数多くの身近な花が咲く時期を教えてくれる。また、キジ、ウグイス、スズメ、ツバメ、セキレイ、キジなどの野鳥やモンシロチョウ、カマキリ、セミなどの昆虫、身近な生き物の動きについても知らせてくれる。

たしかに、七十二侯は里山原風景の豊かな季節変化を完璧に捉えるには少し広すぎるかも知れない。でも、忘れ去られようとしている日本人特有の豊かな季節感を取り戻すきっかけは、伝統的な暦の中に見つかると思う。身近な自然に目を配ることで、眠っていた感性が呼び覚まされ、日常生活に今までになかった変化と潤いを与えることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Leave a Comment

Your email address will not be published. Required fields are marked *